好きなお笑い芸人の思い出
かつてコロッケ、清水アキラ、ビジーフォー、栗田貫一はモノマネ四天王とよばれ、フジテレビの番組だったろうか、モノマネ王座決定戦と言う番組で活躍した。
清水アキラのよこはめたてはめは大学になっても面白く、口でおとをならすやつは真似をした。「こまっちゃうな」は清水アキラの替え歌の方しかいまだに知らない。
私が好きなお笑い芸人はとんねるずである。中学校のころ、「絶体絶命」の歌の頃の山口百恵の美貌に惹かれて70年ごろの歌謡曲のファンになり、山口百恵のDVDを一通り集め終わったのちは、榊原郁恵、山本リンダのものも買っていた。これらの歌は今でもほぼ歌誌はわかる。
あと同時期に江戸川乱歩の美女シリーズも好きになったから、私は70~80年代が好きになってしまった。
でとんねるずだが、とんねるずは80~90年にかけてだろうか歌でも売れた。私は山口百恵など歌謡曲からその当時を好きになったから、その当時に歌が売れたと知って、急にとんねるずが気になり、ようつべにあった、「○○によくある日常」など、みなさんのおかげですのこーなーを沢山見た。
今思い出したが、きしあいのや横山美雪などによる「そばにいてね」そばにいてね 希崎ジェシカ 希志あいの 横山美雪 - YouTubeや、きしあいのとかすみかほによる「ナイチンゲール」ナイチンゲール/ナイチンゲール(from恵比寿マスカッツ) (1コーラスver)はとても好きだった。もとより初代の恵比寿マスカッツの歌は名曲が多い。
好きな番組の思い出
先に地下アイドルのバナナモンキーズのチャンネルを見ていたと書いたが、アイドルが好きな人と言うのは小学生のころから誠に情けなく気持ちがわるい人種だと思っていた。しかし全く無縁だったわけではないことを思い出した。
高校の頃、ようつべで無数に違法アップロード(切り抜き)されていた「乃木坂工事中」を見ていた気がする。新内まいという人に惹かれた。一瞬、デビューしたばかりの「日向坂って・・・」(題名忘れた)の最初期だけまた違法アップロードで見た気がする。齋藤京子と言う人に惹かれた。AKBもいわゆる全盛期といわれるころは避けていたが、人気が低迷している頃に見た気がする。大学入学直前だから2019年頃だろうか。極楽とんぼの人と結婚した「西なんとか」と言う人と、ロシアのクウォーターかハーフで最近テレビによく出て居る筈の人で、コムドットの1人と付き合っているという「村重」と言う人の「俺ら」というチャンネルも見ていた。最初期の頃である。もうずっと前から動画は更新されていないはずだ。
あと開設されたばかりの「ゆうなあもぎおん」ちゃんねるも見ていた。これらはやはり、熱狂的なファンによる動画編集の能力に巻き込まれてみていたという感じだろう。AKBが使う配信アプリはショールームと言うはずだが、その切り抜きも当時とんでもないほどたくさんあって、見た記憶がある。
やはり王道アイドルの話をするのは気が引ける。やはりアイドルを好きなのは気持がわるいという良くない意識があるからここでやめる。
追加で書いておくべきは、「恵比寿マスカッツ」についてである。これは2期というか、明日香きららがいたころのものから見た。見たと言っても、私が住んでいた地域にはその番組はTVで放映されないから、必然的にようつべの違法アップロードでである。そのご初期のものも同じくようつべでみた。蒼井そらのコントは面白かった。また初期のメンバーでは山中絢子や小倉遥に惹かれた。後期のメンバーでとりわけ好きなメンバーはいなかったと思う。
このグループを知る前に、中学生時代に、初期のメンバーのおねだりますかっとか何かの企画にあった、可愛く起きないと顔にパイが投げられるという企画はようつべで知っていた。
このグループに居たメンバーは初期も含めてやはり顔や名前はわかる。
ミスタービーンの思い出
ミスタービーンについては先に書いたが、少し気づいたことがある。
安部公房の壁Sカルマ氏の犯罪で、主人公がなんかの待合室で雑誌の中の砂漠を取り込んでしまうというシーンがある。私はその待合室を思い浮かべるとき、私の脳裏には、ミスタービーンの歯医者の回の待合室のシーンを思い浮かべている。
ということは、ミスタービーンの方が安部公房よりも早く出会っているということか。少なくとも「壁」とミスタービーンの場合はそうなのかもしれない。
何か書こうと思ったが忘れた。
思い出した。海辺のカフカの図書館は、大学の近くにあった(といってもバスで数十プかかる)公立図書館を思い浮かべて読んだ。その図書館には安部公房全集があって、借りていたのだ。
その後安部公房全集は8万ぐらいで中古で全巻買った。
続・好きなユーチューバーの思い出
地下アイドルにバナナモンキーズというグループがいた。そのグループのYouTubeチャンネルを見ていたことを先月に思い出した。あのグループはメンバーの変遷が激しいが、当時は、天下のちゃんゆきと言う人がいたが、その人は動画に出ず、新入のほんまかいな、ダイナマイトまりん、ちゃんちーと言う三人が中心に動画に出ていた。私がその人の動画を知ったのは、最初はティックトックでドッキリの動画を大量に出していたからで、これをティックトックで知っていたから、YouTubeでたまたま見かけたとき、「あっ」と思って見始めたのである。2020年~2021年頃に見たのだろうか。正確には覚えていない。はじめに言っておくが、このグループは改名して、今はブルーゴーツと言う名前になっている。青いヤギという意味だから、あおやぎちゃんねると言う名前でチャンネルが残っているはずである。メンバーもその後いろいろ加入したが、脱退を繰り返し、前出の3名のほか1名だけが加入したという形になっている。今思い出したが、その改名の時期は2021年11月だった気がする。東京でライブがあるということで、行こうかなとまでおもうほどよく動画を見ていた。なお私はアイドル文化を知らないほどアイドルとは無縁である。
その当時はチャンチーに対するドッキリが中心で、ほんまいかいながカッパに扮して日本全国を鬼ごっこするという企画など奇抜だった。今は方針または作家が変わったのだろうか。いつからか競馬の企画しかなくなった。
かつて24時間配信するという企画をやっていて、その配信のアーカイブも残っていた。そのアーカイブではなかったと思うが、年齢の話も合った。ほんまかいなはちゃんちーの2歳上で、ダイナマイトまりんはほんまかいなと同年生まれだが、ダイナマイトマリンは早生まれだから学年は一つ上というようなことを雑談めいた形で行っていた気がする(記憶があいまいである)。ちゃんちーはこのグループに入る前、違う地下アイドルに居た。そのデータが当時ネット上で残っていて、それによれば2000年生まれだから、全員の年齢がこれでわかってしまう。
なお私はほんまかいなが好きだった。
これも2020年~2021年だと思うが、ようつべに「プリズンガールズ」というちゃんねるがあった。最初は4人組で、一人が抜け、最後は3人のうち一人が難聴かなにかで続けられないということになって終了した。動画はすべて非公開になり、いまはチャンネルもないかもしれない。
動画を見ていたら、三河弁らしき方言がでてきたので確認したら、豊橋の人だったらしい。そのうち「なぽ」と言う人が魅力的に思えた。
最近、この人のインスタグラムのアカウントのスクリーンショットを見つけ、念の為そのアカウントを探したら、今も動いていた。シンガーソングライターになっていた。
好きなユーチューバーの思い出補遺としてメモしておく。
雑学について
中学の頃から、ブックオフの100円コーナーによくある、kawade夢文庫というものをよく読んでいた。雑学の本で、1頁半から数ページ程度で雑学に関する記事が面白おかしく書かれているものだ。
小学校のときによく借りていたのは、ふしぎシリーズ(新バージョンではなく、旧バージョンの方)や、題名は判らないが、1頁に無数の知的好奇心が満たされる情報が書かれている本が好きだった。
安部公房は晩年のインタビューで、「地図は無数の情報がある」と発言しているが、そんな感じだ。
でも高校時代に、これも軽い本だが、養老たけしの一連の新書をよく読んでいたが、バカの壁には、最近の知識というのはクイズ化しているというような指摘があった。
確かにその通りだとおもって、雑学系は敬遠するようになった。クイズ番組も気持ちが悪い。この指摘を読む前からクイズ番組は気持ちが悪いとは思っていた。
でも自分がまだ幼くてクイズの答えが全くわからないときに見ていた、島田紳助のクイズ番組、題名をわすれたが、今調べたが、ヘキサゴンは面白くみていた気がする。
私は文章を書くのがとても苦手だった。少なくとも中学校の頃はそれが著しく、覚えているのは、中学2年のときに、中学3年の卒業の受けて行われる送る会のプリントの文章を級長会で書くように言われて、(プリントを作成する係だったはず)書いたが、全く文章が思い浮かばず、「これが3年生と会う最後の機会かもしれません」みたいな文章を書いて、教師から首を傾げられた。中学1年では生徒会に無理やり立候補させられ、スピーチの文を書いたが、担任教師はそれをみて「文章が稚拙だから云々」と開口一番に言ったはずで、はずと書くのは、その時、「稚拙」という言葉を知らず、措置に考えるとあのとき言った言葉は「稚拙」だったのではないかと思うからである。
中学の頃は3年間日誌が課題として出されていたので、文章が上達しないのは単なる日誌では文章の上達とは無関係であることを示しているのかもしれない。なおこのブログの文章は、何も考えずにそのときに頭に浮かんだ言葉を書いているので、ぶんしょうはめちゃめちゃであるが、これはあえてそのままにしている。
好きな小説など
私が高校の頃に好きだった小説は、永井荷風の濹東綺譚だった。好きな小説はと訊かれたらこの小説をこたえようと思っていた。
これは私娼の話だが、私は娼婦の話が一時好きだった。きっかけは覚えていないが、映画の陽暉楼も好きで何度も見ていたし、白蛇抄は娼婦の話だったか分からないけれども、娼婦という存在に惹かれたことがある。松本清張原作の天城越えも田中裕子が演じる人物に惹かれたような気がする。
『日本売春史』という作家・比較文学者Kによる本があって、その本も読んだが、そこに菜摘ひかるが参考文献に挙がっているのを覚えているから、それ以前に菜摘ひかるは知っていた。菜摘ひかるは高校時代に『えっちなきもち』みたいな題名の角川文庫を近くのブックオフで買って知っていた。感傷的で興味深く、大学1年から2年までは中村敦彦みたいな名前のライターがたくさん書いていた同時代の売春の本もよく読んでいた。
もしかしたら中学校ぐらいのときに、日活女優の泉じゅんが好きだったからこういう話が好きになったのかもしれない。泉じゅんは、江戸川乱歩の美女シリーズの黒水仙の美女に出演していて知り、その後、ネットで落ちていた、看護女子寮 いじわるな指と、天使のはらわた 赤い淫画を見ていた。
そういえば、私は、恵比寿マスカッツという番組をようつべの違法アップロードで大量に見ていた。中学校だろうか。二代目というのだろうか、明日花キララとかが出ていたバージョン以降のものを初めて見て、その後、初代というのだろうか、蒼井そらが出ていたバージョンも大量に見た。蒼井そらが楽屋で後輩に激怒するというコーナーは特に好きだった。
リサイクルショップでルパンの本を買い、その後にポプラ社の南洋一郎版のルパンを読みあさり、その後、同じくポプラ社の江戸川乱歩シリーズを読み漁り、そのなかで江戸川乱歩の美女シリーズを見て、泉じゅんを好きになり、娼婦、売春婦やそれに類する職業に興味をもつようになったのかもしれない。性風俗で働く女性による掲示板も高校の頃だと思うがよく見ていた。
泉じゅんは、夏目漱石原作のそれからにも出演していた。
『ヘンなくだもの』という内田春菊の漫画があって、道端に裸の女性が倒れていて、気だるい感じでいて、内容は覚えていないが、とても面白く読んだが、内田春菊の他の漫画は面白く感じなかった。
山本直樹の漫画に王様の話があって、調べてみたら、「激しい王様」という題名で、好きなマンガの一つで、まわりに王子を生もうとして、主人公の少年の王子に言い寄り、性行為をして精液をもらおうとする女性がひっきりなしに押し寄せる。王子は性行為をしながらも軽くあしらっていくが、同年代の幼馴染と言い寄る形ではなく性行為をしたが、その幼馴染が「なかでだして」と言い、これを聞いて「おまえもか」と主人公の顔のアップが入り、首を絞めて殺す。最終場面は王様が大勢の民衆に歓迎される場面だが、王子ははじめてそこで涙を流す。「おまえもか」という場面と、最終場面がとてもよい。
小説で好きなのは筒井康隆の「エロチック街道」である。筒井康隆は名で読み始めたかというと、星新一を読んでいたからである。星新一は中学校の英語の教科書に「おーいでてこい」が掲載されていたから知った。中学2年の頃の国語の授業の本の紹介では、星新一の『声の網』を紹介した記憶がある。
星新一も筒井康隆も、文庫本を大量に集めていた。それぞれ50冊は優に超えているだろう。普通この二人と並んで語られるのは小松左京だが、あまりすきにならなかった。新潮文庫で大量に在ればたくさん買って読んだのだろうが、私が中学のころにはすでに新潮文庫の小松左京の本はおそらくすべて絶版の状態だった。
エロチック街道は、昔ヨウツベにあがっていた、筒井康隆が出演していたテレビでの発言によれば、筒井康隆が実際に見た夢をもとにしたものである。
主人公は男で、洞窟の中にふしぎな温泉があるというので、そこに行ったら、女性がいて、案内するという。その温泉とは、自然に滑り台の様になったもので、近道としても利用されるという。内容は、その二人がその温泉を滑り落ちていくのが描かれるという内容だが、情景がとても好きだった。
私は小説を読んでも、情景しか覚えられない。その情景が美しいか否かしかほとんど良さがわからない。そしてその舞台が、家だったりすると、思い浮かべるイメージが実家か、昔の知り合いの家になってしまうので、美しくない。最近は家を思い浮かべるときは、一人暮らしのアパートを思い浮かべるようにしているが、例えばおおばみなこの「三匹の蟹」は、そのイメージで読んで、最後の場面は、大学の頃アルバイトしていた、近くのハイウェイオアシスをイメージして読んだが、あまり美しくない。
そういえば、古井由吉の杳子は、大学の裏にあった池のある公園を思い浮かべたし、電車の場面は、大学の最寄り駅を思い浮かべた。多和田葉子の犬婿入りは知人の家、田中しんやの共喰いも知人の家を思い浮かべた。
アパートだと無理があるときは、一軒家を思い浮かべなければならないが、実家だといやなので、どうにかして他のところをと考えても実家になってしまうので、あえて知人の家をはじめから思い浮かべることにしている。
女性作家の小説が好きになれないのは、家が舞台にするものが多いからなのかもしれないと今思った。
中学2年の修学旅行
中学2年の修学旅行というか林間学校というかスキー合宿では長野のスキー場に行ったが、二十人くらいの集合の部屋での寝泊まりするのだが、その部屋の中で、J兄弟の双子の兄が一人一枚だったとおもうが紙を配り、クラスの女子で誰が一番魅力的かと書かせ、それを回収して人気3人を明らかにしようと提案して実行された。
このように女子を順位付けするのはまずく、これもばれないようにということで行われた。私は白紙で出そうとしたのか、あるいは誰かの名前を書いたのか憶えていないが、たまたま(たまたまといえるのはそのJが後で、○○はだれに入れたのかわからなかったと行って来たからだが)そのJが私の分を回収し忘れていずれにしても私のは集計されなかった。
そこで順位が発表されたが、びっくりして1位は圧倒的で元生活委員(クラスで3番目にえらい)だったはずの女子、2位が名簿順で後ろの方の女子、3位が前期私と一緒に級長をやっていた女子だったはずで、驚いたのは、1位と2位の人が一般的に人気のある人だとそれまで微塵も思わなかったからである。
それ以降、その2人について注意していると、男子も女子もその2人についてはかわいいとか「あいつが一番美人だわ」とか言っている声を聴いた。私は特に1位の人が1位であったことがあまりに以外で、今でもよくわからない。
中学2年の終業式のとき、英語の非常勤講師の教師がその人へのメッセージで「○○さんは大和なでしこという感じでウンヌン」みたいなことを書いていたが、たしかに和風の感じだった。その人は高校も同じだったし、高校1年の頃は恐らく同じクラスだったような気もするが、人気の理由はよく分からなかった。
高校1年の頃は、中学1年の頃の同級生が何故か終結したことも思い出され、教室の場所が、校舎の東の端で、担任が若い小太りの男で、隣のクラスの担任が、スキンヘッドでということも中学1年の頃と一致していた。